「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」 解説と分析

この曲は1731年作曲のカンタータ第140番 「目覚めよと、われらによ呼ばわる物見らの声」ドイツ語 ”Wacht auf ,ruft uns die Stimme" の第4曲のコラール「シオンは物見らの歌うのを聴けり」”Zion hört die Wächter singen" 英語では通常”Sleepers, awake"といわれる曲ですが、バッハ自身によってオルガンコラール(通称シューブラー・コラール集の第1曲)として1748年に出版されています。(BWV645)

 もとになったのはフィリップ・ニコライが1599年に作曲したコラールでカンタータの第1曲、第4曲(これ)と第7曲に旋律が使われています。(讃美歌174番のコラール)

 

 あまりにも名曲なので、ピアノ版はじめいろいろな編曲で世の中に出回っています。

 

 なのだが不思議なことがある。元のカンタータではバイオリンとビオラがユニゾンでメロディー、歌(テナーのみのコーラス)がコラール原旋律、通奏低音でバスラインと和声となっているのに、オルガン版では和声省略の3声音楽としているのだ。3声出そろった場面ではハーモニーになるから良いのだが、出だしなど(カンタータ版を聴きなれた耳には特に)なんだか物足りない感じがする。定旋律が入ってくるときのストップの処理などを考えると入れようがなかったのはわかるような気がするけど…。

 でピアノ編曲は有名なブゾーニ版ではほとんど和声を補っていなく、出だしはオルガン版の印象を踏襲している。ケンプ版や全音ピアノピース版(後藤丹編曲)は和声あり。

 

 さて、今回オーケストラ版の楽譜を作ろうと思ったとき、25年前に編曲して演奏会(中央区交響楽団クリスマスコンサート)で音にしている曲なので、見直して訂正する程度で行けるかなと数日の作業で終わるつもりだったのだが、甘かった。あの時のあれはあれで悪くないとは思うのだが、今年色々なバッハ作品を手掛けてきた目には、色々と欲が出てきてしまったのだ。

 

 まず和声付けに苦労した。スコアに通奏低音としての数字は書いているのだが、バッハが書いたものではないという出所不確かな数字なうえに、私の知識ではよくわからない場面もあり、また最初はともかく、3声出そろった場面では、各声部の動きと平行にせず動かすだけでもひと苦労。お洒落な気の利いた動きは諦めて、あくまでも伴奏としての和声と考えました。

 

 まだ平行の見逃しなど色々あるかも知れない。見つけ次第訂正するようにはしているのだが…。

 禁則の発見やより良い解決などありましたらご教授いただければ幸いです。

 

 とりあえず譜面を見ながら解説的なことをしてみよう。

 

 まず1小節目。

 2拍目はE♭和音で押し通す手もあり。そういう演奏もよくある。オルガン版の印象に近いのはそちらかもしれない。G音とF 音どちらを和声外音ととらえるかの問題。ここでは247と書かれた数字に従ってみた。

 3,4小節目。前の2小節の繰り返し。pianoの指定はたぶん元々あったのだろう。

 7小節目で転調。(正確には7小節目に入った瞬間はまだE♭調)。で、

 7,8,9小節目三段跳び構造フレーズで盛り上がる。(7=Hop、8=Step、9=Jump)

 12小節目までB♭調に落ち着いて一旦小終結。ここまでの12小節がイントロ的な部分。

 で13小節目(練習記号B)でE♭調に戻って頭の旋律が戻り、ニコライのコラールと絡み合ってゆく。今回は17小節目(C)で転調。

 18小節目の4拍目、コラール声部とバス声部が平行になっていると思うのだが、こういうパターンでは良しとされるのだろうか。ご存知の方いたら教えてください。

 19小節目の4拍目でE♭調に戻る。13から21小節目までの9小節間がコラールの第1節。その間バイオリンのメロディーはイントロ部分と同じものが、小節番号でいうと、[1,2,3,4,7,8,5,6]の順に使われている。

 繰り返し記号で戻ってもう一度イントロ+コラールの第2節となる。

24から31小節目までは5から12小節目までの8小節間と同じ。コラールのつぎの節までのつなぎ的な部分。

 33小節目からコラール第3節部分。私は33からの3小節半は悩んだあげくにB♭音単独の伸ばしにしてしまった。難しかったのもあるが、細かい動きとコラール声部で和声感はあるのでこれで十分と思ったのもある。

 35小節目から単調に転調。なんだか寂しい雰囲気になってくる。歌詞は

   「さあおいでください、尊い王様、

    主イエス、神の御子よ!  

    ホサンナ!」        (対訳:堀田晶子)

となっているのでむしろおめでたい場面とも思えるのだが、私はバッハ先生の音楽の雰囲気に素直に従って、むしろ淋しさ強調的なオーケストレーションにしてしまった。

 バイオリンのメロディーは35から43小節まで、3から11小節目までのうごきの3度下(6度上)の短調バージョン。なので、ハ短調からト短調。

 44小節目からE♭調に戻りコラール最終節。

 

  バイオリンのメロディーは49小節目からは若干自由なアレンジになっている。

 とはいっても全編通して、最初に出てきた素材(繰り返しもあるので10小節分)の、順列・組み合わせ・転調だけで作られている。凄いことだ。(その代わりバス声部の動きは比較的自由)

 こういう素材の節約が後のワーグナー・ブラームス・シェーンベルクの手本になったと言ったら言い過ぎだろうか。

 

 因みにもともと3声で出来るので、アンサンブルで演奏するにはほとんど編曲という作業なしでいける曲なのではあるが、上記の楽譜を使えば、任意の3つの楽器と鍵盤で演奏会ができてしまいます。

 旋律声部(アルト音域;G3~F5)(Cl.、E.H.、Trumpet、Vl、Viola 等々)

 コラール声部(テナー音域;E♭2~G4)(Cl.、Fg.、Hr. 、Trb .、Vc 等々)

 バス声部(バス音域;C2~C4)(Fg.、Vc.、Cb 等々)

 鍵盤(ピアノ、チェンバロ、オルガン等々)

 移調も考えれば無限の組み合わせがあるかも。

 

 この曲に関しては、ここに楽譜を公開しているようなものなのですが、とりあえずピアノトリオの形で楽譜を出版しています。(https://music-bells.com/?pid=177156986)

(解説の楽譜とほとんど同じなのだが、実用譜として使えるようにしてあります。
 演奏してみたい人はそれを買って自分たちの編成でやってみてください。